樋渡りん(@hiwataririn)さんの作品。
「時計店を営むお姉さんのお仕事模様を描いた漫画」とのことですが、ある意味理想郷のような趣のある、温かい一編です。
記事中のページは作者さんがtwitterで公開しているコマだけ掲載させて頂いてます。
冠さんの時計工房
「綾子さん」が一人で切り盛りしていると思しき、小さな時計店がお話の舞台。
小さいながらも評判のようで、多くの時計達がこのお店に持ち込まれてきます。
さて、今日のお客様は……?
確かな仕事。
年若いお嬢さんにしか見えない綾子さん、それでも腕は確かです。
前段ではさらりと「天真を作り直した」と言ってのけることから、相応の技術の持ち主であることが伺えます。
かといって過剰なメカフェチとして語りが過ぎることもなく、「もうちょっと説明の仕方勉強しておきます……」と言ってしまう奥ゆかしさがいい。
後段では持ち込まれたクロノグラフの修理シーン。
これが、単に「機械を細かく描いている」だけでなく、背景となる様々な道具達まできっちりと描かれています。
機械は機械台にセットされ、様々なドライバーがホルダーに収まり。
細々したパーツを仕分けるトレイには、埃が入らないようにガラスの蓋。
香箱を開け、天真を抜き、振れ見でテンプのバランスを確かめ、ウィッチにかけて精度測定。
台詞もモノローグさえもない、見開きの2ページだけで、時計修理という「仕事」がしっかりと描かれています。
時計修理について知識があるか、余程の観察力がないとこれは描けないと唸らされることしきり。
冷たい機械に、通うぬくもり。
しっかりとした描写が支えているとはいえ、主題はあくまで時計を修理するという「お仕事」。
男の子が壊してしまったクロノグラフ(ホイヤーかな?)を預かる綾子さんが、「必ず蘇らせます」と請け合うところはひとつのハイライト。
鼓動を取り戻した時計と、仕事をやり遂げた綾子さんの表情。これは惚れざるを得ませんね。
温かみのあるお話となっているのは、あくまでも「人の思い」が時計に込められているから。
前段の腕時計だって、よくよく見ると文字盤は24時間表示。老紳士の持ち物で愛着があるとなれば、若かりし頃に洋行でもして手に入れた一品なのか。想像は尽きません。
故人の持ち物を蘇らせることで、詰まった思い出を活かし、やがては孫に受け継がれようとする。世代と想いをつなぐ「お仕事」。
ストイックといっても良いほどブレなく描かれた「軸」が、誰にでも受け入れられる「ハートフル・ストーリー」を紡ぎ出しています。
機械式時計を愛する人の理想郷
真摯で、優しさ溢れる美人さんの営む時計工房。
これはもう機械式時計好きの理想郷といっていいんじゃないでしょうか。
蘊蓄や語りで脇道に逸れればキリのない泥沼にかかった虹の橋。
あくまでピュアに、ストイックに「お仕事」に徹することで、爽やかかつ温かい掌編として描ききった作者さんのセンスに拍手を送りたいと思います。
ゲスト漫画:ぼくの金魚
はまさんの短篇。
誰しも憶えがあるであろう夏の一コマを、「金魚の擬人化」という表情付けによって美しく、切なく仕上げた一編。
祭りで手に入れ、いつの間にかいなくなってしまった生物達に思いを致すほどに、少し胸の痛む読後感がまた切なく。