ゼンマイの巻き上げ方(竜頭巻き編)
手巻きの時計は、当然のことながらゼンマイを手で巻き上げます。
一言で「ゼンマイを巻く」と言ってしまえばそれまでですが、毎日行う動作だけに、妙な癖を付けてしまうと機械に無用のストレスを与え続け、長期的には故障の原因となったり、機械の寿命を縮める可能性すらあります。
ここでは、竜頭巻きの懐中時計について、ゼンマイの巻き方の一例をご紹介します(鍵巻きについては、手元に現物がないので省略します)。
ここで紹介するのは特別な作法ではありませんし、唯一の正解でもありません。「何故」「何のために」そうしているのかという理由は極力示しますので、それを踏み外さない限りにおいて、自分に合ったやり方を身に付けると良いでしょう。
0.ゼンマイを巻く周期
ゼンマイの持続時間に関わらず、一日一度、決まった時間に巻くことが推奨されています。
ゼンマイは巻き加減によってトルクが変化するので、解け切る前のトルクの低い状態で動かし続けるよりは、ある程度余裕のあるうちにさっさと巻いてしまった方が誤差を減らせるというのが大きな理由です。
また、毎日決まった時間にゼンマイを巻く癖をつけておくと、トルク変動のパターンにも規則性ができるため、挙動がより安定することが多く、また人間の側にも規則正しさが芽生えます(笑)。
1.時計の持ち方
手を滑らせて落としたりしないことが第一です。そのためには、時計がこぼれ落ちたりしないよう、全体を包むように握っておけば良いということになります。特に力を込めて握る必要はないので、優しく、しっかりと握ってあげましょう。
この際、風防は避けておくのが無難ですが、オープンフェイスならば触れた程度で割れるものでもないので、極端に神経質になる必要はありません(指紋などは拭けば取れますし)。
2.竜頭の摘み方
竜頭を指で摘みます。個人差がありますが、指の腹同士で摘むよりは、片方の指の側面を転がしてやるような感じの方が巻き易いかも知れません。
なお、ライターの火打ち石のように指一本で操作するのは禁物です。力の加減を誤って時計本体を滑らせたりすることがありますし、竜頭や巻真に対して一方的に軸を歪めるような力がかかるので、毎日これを繰り返すと歪みが蓄積して深刻な故障に繋がる可能性があります。
3.巻き方
通常、頭から見て時計方向に竜頭を巻きます。
竜頭を巻いたら、摘んだ指を放さずに逆回転させて戻し、また巻き上げる、という動きを繰り返します。竜頭は元々逆転させることを考慮された構造になっているため、逆転時にカリカリと空回りの音がしても大丈夫です。
むしろ、巻き上げた状態から突然指を放すと時計の機械に悪影響を及ぼす可能性があります(理由は後述)ので、必ず逆回転させて戻しましょう。
ゼンマイが一杯まで巻き上がると急激に抵抗が増え、それ以上竜頭が回らなくなります。決してそれ以上無理に巻き上げようとしないように!また、勢いよく巻き過ぎて、巻き終わりに当たった際に衝撃を生じないように気をつけましょう。
慣れるまでは、手応えを確かめながらゆっくりと巻いていくのがベストです。慣れれば、何回竜頭を巻けば巻き終わるかが感覚的に解るようになるので、手早く巻き上げ、巻き終わり間際でスローダウン、ということも可能です。
なお、竜頭を摘んだまま、時計の本体を回すことでゼンマイを巻き上げる方法も存在します。決して間違いとまでは言えませんが、敢えてお勧めするような方法でもありません。
付録.龍頭を放さずに巻き続ける理由
竜頭を巻いている時、機械の内部では角穴車(に取り付けられた香箱真)がゼンマイを巻き上げます。この際、コハゼという逆転防止のための小さな部品が、角穴車の歯に押されて動いています(巻き上げ時のキリキリというクリック音はこのコハゼの立てる音です)。
ゼンマイを巻いた直後に竜頭をいきなり放してしまうと、ゼンマイの反発によって急激な逆転が始まり、角穴車の歯がコハゼに勢い良く衝突してしまうことがあります。これは角穴車やコハゼの消耗の原因にもなりますし、この際に生じる衝撃は角穴車のネジを緩める方向に働くため、長期的には使用中にネジの脱落を招く可能性があります。
竜頭を放さずに静かに戻すことで、こうした無用なリスクを回避することが出来るわけです。