Feb.18, 2006

Illinois Sangamo Special

[Watch Collection]

今回ご紹介するのは、イリノイのサンガモ・スペシャルです。

サンガモとは、かつてイリノイに在ったネイティブ・アメリカンの部族の名です。どういった部族であったかまでは調べ切れていませんが、時計に限らず、ネイティブ・アメリカンにちなんだ名詞をしばしば目にするところからすると、アメリカ人は彼らを「インディアン」として迫害する一方で、その独自の文化や剽悍さにある種の神秘や畏敬を感じていたのかも知れません。

アメリカの時計メーカーは一般にあまり認知されていないので、ブランド(のみ)がスイスに引き継がれたウォルサムやエルジン、ハミルトンなどに比べると、イリノイはさらにマイナーな扱いを受けがちです。

イリノイことイリノイ・ウォッチカンパニーは1867年、"Illinois Springfield Watch Co."としてイリノイ州スプリングフィールドで創業しました。スプリングフィールドというと、有名な「スプリングフィールド銃」を生産した「スプリングフィールド造兵廠」と関係がありそうにも思えますが、あちらはマサチューセッツ州なので関係はありません(そもそも、アメリカにおいて「水源」を意味するスプリングフィールドという地名は非常に多い(*1))。

先進的な機構や仕上げの良さには定評があり、生産数から見ても全米五指に入るほどの大手メーカーへと成長しました。もっとも、経営面では色々苦労していたようで、1927年にハミルトンに買収され、子会社を経てブランド名のみとなった後、最終的には消滅しました。しかし、その確かな品質から、アメリカ懐中時計の中では今でも人気があるようです。

*1.

2005年にUS POSTのイエローページで調べたら28州に"Springfield"が存在した。即ち、アーカンソー、コロラド、デラウェア、フロリダ、ジョージア、アイダホ、イリノイ、ケンタッキー、ルイジアナ、マサチューセッツ、メーン、ミシガン、ミネソタ、ミズーリ、ネブラスカ、ニューハンプシャー、ニュージャージー、ニューヨーク、オハイオ、オレゴン、ペンシルバニア、サウスカロライナ、サウスダコタ、テネシー、ヴァージニア、ヴァーモント、ウィスコンシン、ウェストヴァージニア(略号アルファベット順)。

Overview ―― 質実剛健な鉄道時計

Illinois Sangamo Special, 23J, BRG, GJS, GT, Adj.6P
裏蓋のエンジンターンも全く磨り減っておらず、状態の良いケース。

外装は金張りケースとなっています。がっしりしたボウと、ケースに半ば埋まっているような龍頭は、レバーセットのムーブメントを収めることを前提としたレイルロードスタイル。金張りケースが次々と寿命を迎えていく中、実に良い状態を保っています。

文字盤はモントゴメリーのダブルサンクダイアル。針はブルーではなくプラム色に焼かれたスチールです。

実用性を最優先した仕様ではありますが、手間と素材を惜しまないその造りからは単なる機能美以上の味わいと風格が感じられる…といったら褒め過ぎでしょうか。

Movement ―― ブリッジスタイルの高級仕様

ムーブメント概観。エンジンターンの施されたブリッジと深い色の石、磨かれた部品と金製歯車のコントラストが美しい。
金製歯車が美しい輪列。また、単なる窪みではなくプレート状に仕上げられたテンプ受けとそこに打たれた刻印がさり気なく格好良いと気に入っています。
文字盤下。

さて、イリノイを代表する機械と言えばスプリットプレート(18サイズはフルプレート)のバン・スペシャル(Bunn Special)ですが、サンガモ・スペシャルはブリッジ型の機械となっており、少々趣を異にします。

その中でも、今回の個体は少々変わり種。

イリノイの時計に好んで用いられた深い色のルビーは同じですが、プレートはダマスキンではなくエンジン・ターンによって仕上げられています。鉄道時計として公認されているグレードなので、時刻合わせはレバーセット。歯車は2、3、4番とも金製で仕上げは文句なしです。

香箱は宝石入りのジュエルドバレル。珍しい方式なのは良いけれど、ここまで分解しないと分からない…(笑)

このムーブメントで最も特徴的なのは香箱です。香箱に石を配する23石仕様ですが、イリノイの高級機に多いジュエルド・モーターバレルではなく、ジュエルドバレルとなっているのです。ジュエルドバレルといってもウォルサムのような安全香箱ではなく、あくまで通常の固定香箱の軸受け部分に大径のサファイアを用いたものです。ジュエルド・モーターバレルの方が先進的だし見栄えもするのですが(笑)、こういうちょっと珍しい仕様も悪くないものです。

Conclusion ―― まとめ

ちょっと撮影スタイルを変えてみたり。全体を見渡すには不向きだけど、綺麗ではあります。

仕様の豪華さと仕上げの良さを堪能できる、アメリカ鉄道時計ならではの一品です。また、2005年中に使用した時計の中では最も精度に優れた個体で、カバンでの携帯とデスク上に立てての使用という条件ながら、二ヶ月強の期間を通じてプラス10秒以内という精度を発揮したことがあります(その後、季節の変化と共に歩度は変化していきましたが)。

実用性に優れた鉄道時計であることは言を待ちませんが、不安な点もあります。それは、金張りケースの耐久性。いかにメッキより厚いとはいえ、被覆である以上、どんなに気をつけてもいつかは磨耗してしまう運命にあります。特に、毎日巻き上げる竜頭周りは心配の種。

このまま実用するのなら、無垢のケースかニッケルのディスプレイケースにでも入れ替えてあげたいところなのですが…ケースといっても安くはないので頭の痛いところです。状態が良すぎて不安などというのは、ずいぶん贅沢な悩みですが…(笑)

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