ハンムラビ法典のありがちな誤用
電車でふと漏れ聞こえてきた他人の会話。
「それじゃ『目には目を』だよ。そんなの何の解決にもならない!」
ハンムラビ法典で最もよく引き合いに出される部分。「目には目を」「歯には歯を」という、いわゆる同害復讐規定なわけですが、これを「復讐を肯定する野蛮な思想」という意味合いで使う人は、上記の例を持ち出すまでもなく枚挙に暇がありません。しかし、これがとんでもない勘違いであることを知らない人は意外と多いようで。
まず、該当する条文(うろ覚えなんでその辺から適当に孫引き)。
- 第196条:アヴィールの目を損なった者はその目を損なう
- 第197条:アヴィールの骨を折った者はその骨を折る
- 第198条:ムシュケーヌムの目を損ない、あるいは骨を折った者は銀1マナを支払う
- 第199条:人のワルドゥムの目を損ない、あるいは骨を折った者は、そのワルドゥムの価格の半分を支払う
※1マナ=60シキル、1シキル=約8.3グラムで、1マナ=約500グラムとなる。銀1シキルが労働者の月給に相当したらしい。マナはミナ、シキルはシケルとの表記も。
……とまあ、こんな感じだったかと(196,197条にはアヴィール同士という前提があったような気もする)。で、注意すべきは、「『同害』が刑罰の上限である」ということ。
確かに「目には目を」とは書いてあるけれど、それは同時に「『目には死を』ではない」ことも意味しています。つまり、これは単なる復讐の肯定ではなく、むしろ刑罰の上限を明文化することで復讐のエスカレーションに歯止めをかけるための規定なのです。また、続く条文ではこれら傷害に対して対価を以って賠償するという規定もあり、常に同害復讐を強制するものでもない。決して野蛮と囃し立てるようなものではないのです。
まあ、階級制度が盛り込まれていたり、身体的刑罰が多かったり、「呪術の罪」とか「川に飛び込ませて溺れたら有罪、生還したら無罪」とか現代の感覚にそぐわない(笑っちまうような)部分もありますが、そもそも紀元前18世紀のものに戦後民主主義じみた内容を求めるほうが筋違いってもんです。むしろ、その時代でありながら「此地に正義を説き、不善と邪悪を破り、強者が弱者を圧迫することを制止する」と前文に謳い、ものによっては現代日本の六法よりも先進的な条文さえ存在するこの法典、文明の曙における偉大なる記念碑と言っても過言ではないと思うのですが。
というわけで、安易かつ批判的に「目には目を(以下略)」という言葉を使うのは、単なる無知の露呈です。「役不足」と「力不足」の間違いくらいには恥ずかしいと思うので、くれぐれもお間違いなきよう。
Comments
ここまで判りやすいハンムラビ法典の一口メモ的解説ははじめてみました。勉強になるなあ。同態復讐法ってほぼ同態に罰を与えるものだと誤解していましたよ。僕は。
ところでハンムラビといえば、ヤザンはZガンダム映画版では元気だったでしょうか(ぇ
ヤザンはモミアゲの長さが足りなかったのでサガラ軍曹に消されました(違
# 最終章観に行ってないので嘘つきましたごめんなさい
この誤解は欧米にも多いようで。聖書からして「世の中には『目には目を』などとゆー掟もあるようだが、それではイカン。右の頬を打たれたら(以下略)」などと引き合いに出してるせいでしょうか。
ハンムラビ法典に関してはこんな本も出てるらしいんで、読んでみたくはあります。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4947668415/503-4275267-4847946
この本は本格的ですね。ハンムラビ法典の専門家になれそう。というかそれ以外の使い道がないところが男前です。
ところでリンク張ったときにトラバできない症状が出てるんですが。リンク張ってるわけだからそちらのURLも書いてるし、はじかれる理由がないんで、はてな内部の問題なのかもしれませんが。
あー、申し訳ない。トラックバックの不具合はMTのバージョンアップの際のミスでした。今設定を修正して復旧を確認しました。