主君に弓引く……
なんていい回し。反抗や反逆を表す慣用句。
ちなみに、私の身内では「河を渡る」という表現が多用される。何故ならルビコン河を渡るのが遺伝子レベルで刷り込まれた本能みたいになってることで有名な知人がいるもので(笑)。
それはさておき、文字通りの意味で弓を引くようになってから、その用語にこうした慣用句に通じる言葉がいくつもちりばめられていることに気付いて面白みを感じることがあるのでメモっておく。ただし、本当に慣用句の語源になっているという保証はなく、偶然の一致の可能性もあるんでそこんとこ宜しく。
- 手の内
- 弓道では弓を持つ左手の握り方の事だが、これが難しいの何の。握りと力加減ひとつで矢の飛び方が全然違う…以前に、これがなってないと弦が手をしばく。かなり痛い(さすがに今ではもうやらなくなったが)。高段者が「永遠のテーマ」と言い切るくらいの基本であり極意。その重要さを実感すると、「手の内を見せる」という言葉がなんとなくこれに通じてくるような気がする。
- 筈
- 矢の後端、弦を番える部分。転じて、弦と筈が噛み合う、すなわち道理が正しく噛み合うさまを表すものとなる。「そんな筈はない!」というのはそういう意味(これは辞典に載ってた)。なお、単に「はず」と言うと、弓の側にも弭(はず)という部分があったりして紛らわしい。
- 肩入れ
- 調子を見るために矢を番えずに弓を引いてみること、とある。慣用句で言うところの肩入れ、すなわち贔屓のようなものに繋げるにはちと無理があるような気もする。
今のところはこんだけ。知識が増えたらまた出るかも。
手の内が出来ていない時分に無理な握りをしたせいか、左手の指が腱鞘炎を起こしてしまってちと痛むのだが、薬塗り塗りしつつ騙し騙し修行中。命中率は良くて半分だが、しばしばイタリア戦艦の主砲斉発みたいな散布界を呈する今の技量で命中率を云々しても仕方ない。
ともあれ、呼吸を整え、姿勢を正し、無心に的を見据えて弓を引く一連の所作。今は立派な趣味とゆーかストレス解消とゆーか、精神の平衡を保つために必要なものになりつつあるような気がしないでもない。
つーかストレス溜まり過ぎ。ここ最近空腹時に胃のあたりに染みるような痛みとも不快感ともつかない感覚があるので医者に行ったら「典型的な糜爛か潰瘍の所見だねぇ。ストレスだね。この薬で治らなかったらカメラ飲もうねー」と云われた(初診にも関わらずストレスと断言されたのには理由があるのだがここでは一寸置く)。
「会社行けない」「行きたくない」とかいう台詞を見る度「甘ったれてんじゃねー」という気持ちをどっかで持ち続けていた私だが、ちょっとその気持ちがわかるような気がした。意識を通り越した部分で肉体にダメージが出るほどのストレスって何なのよという話もあるがやっぱりそれはさて置き。
ともあれ今日も弓引きに精を出すのである。